ばあちゃんは言った。「この世には二種類のダニエル・ウーがいるんだよ」

「良いダニエル・ウーと悪いダニエル・ウー?」

 ぼくの答えに、ばあちゃんは「ち、ち」と舌を鳴らし、首を振った。

「死ぬダニエル・ウーと死なないダニエル・ウーさ」

 デッキの上に重ねてあったケースをひとつ手に取り、ぼくの前にかざしてみせた。「瑠璃の城」だ。ばあちゃんの細い指が、昨日の記憶を辿るように、ゆっくりした動きでケースの表面を撫でる。ばあちゃんは言った。

「これは死なないダニエル・ウー、そして…」新たなケースを手に取った。「これは死ぬダニエル・ウーさ」

「ばあちゃんっ」

 ぼくは慌てた。登場人物の生死は大きなネタバレのひとつだ。先の展開を知ることで損なわれる楽しみがある。けれど、ばあちゃんはそういった配慮にはうとかった。理解できないというように、目をぱちくりとさせて、ぼくを見つめている。

「無意識の前提って、あるよね。ばあちゃんはね、死の予感を提示されなければ生を、提示されても「生きろ」と願ってしまうんだよ。死なない前提で見てしまう作品のなんて多いことだろうね」

 ぼくもそうだ。登場人物の死は、ときに手ひどい裏切りのように感じてしまう。

「でも、そんな裏切りにぞくぞくしてしまうことがあるのも、確かだ」

 ぼくの言葉にばあちゃんは深く頷いた。

「ダニエル・ウーはジャケットでどんなに微笑んでいても、ばあちゃん『あ、こいつ死ぬ』って思うんだよ。死ななかったらちょっとがっかりするくらいだよ」

 映画の中において、あらかじめ死を期待されている俳優……その不憫さに、ぼくの胸は興奮に躍った。

「死ぬダニエル・ウーは、心も、体も傷ついている」

「死なないダニエル・ウーは?」

 ばあちゃんは、にやりと笑った。

「まあ、適度に傷ついているね」

 ぼくも思わず、にやりと笑った。

美少年の恋
原題:美少年之戀 1998年/香港映画

「もう、ダニエル・ウーを美少年だと連呼したいだけの映画だったね」

 いもっぽい下着姿から警官姿まで、なにもかも美しかったよ。そう言って、ばあちゃんはふうと大きく息を吐いた。
 スティーブン・フォンにテレンス・イン、ジェイソン・ツァン。がっしりした体格のジェイソン・ツァンはともかく、一見細身のうつる他の男たちも脱いだら胸板は厚かった。いちばん線の細いダニエル・ウーは腹筋が見事に割れていた。

「美少…年…?」

「美少年だよう」

 ほとばしる激情のように熱いシャワーを全身に浴びながら絡み合うテレンス・インとダニエル・ウーを一時停止をしきりに用いて眺めながら、ばあちゃんは断言した。モニタから目を離そうともしない。ばあちゃんは男たちの絡みが大好きなのだ。

「全員二十歳を越えているうえに、そのうちひとりは三十近くて、おまけに皆体格がよくても、ばあちゃんにとっては皆美少年さ。あのメロウなBGMが瑣末なツッコミを吹き飛ばして『美少年! 美少年ですよ!』と脳髄に刻み込んでくれるね。」

 ばあちゃんの言葉に納得したわけではないけれど、ダニエル・ウーに関しては、どんなに引き締まった肉体を見せ付けられても美少年だと思わせる雰囲気を感じた。ううん、ぼくはちょっと流されやすいかもしれないぞ。

「ダニエル・ウーの笑顔はいいね」

 ばあちゃんは言った。

「彼が幸福そうに笑えば笑うほど、待ち受ける悲劇がいっそう眩しく際立つよ。甘い果物にかける塩みたいなものだね」

 ばあちゃんの言葉にぼくは気づいた。これは、死ぬダニエル・ウーだ。

 ダニエル・ウー演じる美少年・サムは家族を深く愛していた。とりわけ元警官である父親を尊敬し、父が望むような品行方正な人物たろうと、母が危ぶむほどに幼い頃から自らを律してきた。けれど、同性であるジェットに心惹かれていくのを止められなかった。

「ダニエル・ウーは愛で死ぬのさ」

 ひとつにとけあおうとするかのように激しく唇を貪りあうサムとジェットから、ぼくは目を離すことができなかった。